足るを知る

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20年以上引きこもっている従兄のこと

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私には、20年以上引きこもっている、一つ年上の従兄(Sくん)がいます。

小学生のころまでは、週末ごとに一緒に遊んでいました。
とっても活発でいたずら好きなSくん。
一緒によく田んぼの中で遊んで泥だらけになったり、
自転車を乗り回していました。

小学5年生の夏休み、伯父の仕事の都合で福岡から横浜にお引っ越し。
それから、夏休みごとに何度かあいましたが、
Sくんが高校に入学してからは会うことがなくなりました。

久しぶりに会ったのは、私が就職活動で上京したとき。
6年ほどたってからでした。

最初会った時、誰だか分かりませんでした。
老けていて。目がどんよりと濁っていて。
あの活発だったSくんだとは、分かりませんでした。

その頃はもう、引きこもって3年ほどたっていました。
私はすぐ、両親に相談。
だんだんと、Sくんや伯父家族の状況がわかるようになってきました。

伯父はある証券会社の上役さんで、とても羽振りがよかった。
でもバブルがはじけてからは、お客様の苦情対応に追われ、
どんどんと追い詰められた状態に。

もともと伯父はすぐにSくんを殴っていました。
しつけと称して。
それが、もっとひどくなっていったそうです。

Sくんは昔から、「警察官になりたい」と言っていました。
高校卒業をしたら公務員試験を受ける気になっていたSくん。
でも、伯父も伯母も猛反対。
伯父は自分のようなエリートサラリーマンになって欲しかった。
Sくんは受けたくもない大学を30校以上受験させられ、全てに不合格。
全受験に親がついていき、落ちたら叱責。
1年間浪人して、夜間大学に入学。
でももう、大学に通う気力が残っていませんでした。

伯父も伯母も、優秀なSくんの妹(私の従妹)としか会話しなくなり、
Sくんは昼夜逆転の生活に。
そしてそのまま、引きこもってしまったそうです。

危機感をもった私の母や親戚たちは、九州にSくんを引き取ろうとしました。
でも伯母が猛反対。
Sくんからは、助けを求めるメールが母たちに来ていたのに。

それからまたSくん家族とは連絡が取れなくなり、
母方の祖父のお葬式で久しぶりに再会しました。
もうその時には、引きこもって15,6年たっていて、
言動がおかしくなっていました。

昔のことのやたらと早口でしゃべりまくる、
だれもいないのに「誰かがオレに文句を言っている」と急に怒り出す、
ずーっと伯母に与えられたプラモデルを作っている。

親戚中で病院につれていこうとすると、伯母のヒステリックな拒絶。
そしてまた、横浜に帰ってしまいました。
母と母の兄弟姉妹たちが色々と努力していました。
病院を紹介したり、本を送ったり、救済活動をしている団体を探して教えたり。
でもSくん家族は、そのうち引っ越してしまい、どこにいるのかもわからなくなってしまいました。
伯父(母の兄)は、自分の母親の葬儀にも出ませんでした。

子どもが生まれた時、私は、「伯父伯母のような子育てはしない」と心に決めていました。

  • 子どもの人格を否定するようなことはしない
  • 子どもの夢を潰さない。挑戦させて、失敗したら受け止める。
  • 子どもに愛情をたくさん表現する。
  • 夫婦げんかを子どもの前でしない。
  • 子どもは親だけで育てていると思わない。
  • 周りからの忠告は素直に聞く。周りに助けを求める。
  • 子どもが自立できるような子育てをする

まだ子育て真っ最中だけど、常に自分に言い聞かせています。
子どもの人生は子どものものと。

いまでもふと、Sくんのことが頭をよぎります。
今はもう、40代後半のSくん。 いま、どうしてるんだろう。

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